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第27話 センバル次郎 中城村住み込み編

じつは多くの読者は興味もないだろうから割愛するが、センバル次郎のアルバイトしたホテルはほかにもたくさんあった。若狭の観光ホテルビクトリー、北谷のアメリカの兵隊さん向けアジアホテル、普天間の外人アパートメント、北中城の喜舎場にあった沖縄ヒルトンホテルでベルボーイ時代はチップで荒稼ぎ。

センバル次郎の3年次は首里キャンパスから千原(せんばる)キャンパスへ引っ越しがあった。新しい住居を探すに当たり、ただ大学の近場に次々と建てられたまかない付きの賃貸アパートよりも、将来自分の臣となるであろう土地の者たちとの直接の触れ合いをしてみたいと、西原町字千原のすぐ横の中城村で、「部屋あいてませんかぁー」、「琉球大学の学生です、引っ越してきましたぁ~、どうか部屋を貸してください。」・・・・

信じられないだろうが、ごく普通の家を何件も梯子して回った。その中で、城間商店という雑貨、弁当などを扱うお店で、「キミは琉大生かね?タヌキかと思ったさぁー。いくらにしようかねぇー。1万円が部屋代、2千円が電気や水道代、というのでどうかぁー?」と親父さんが、心配そうな顔をしている横にいるお母さんを差し置いて話を進めてくれるとこがあった。センバル次郎はここに住むことにした。

部屋は商店の2階の10畳2部屋、2階にはトイレしかなくて、階段を下りていくと1階の旦那さんの住居に入るドアがあって、旦那さんお母さんの寝ている寝室横の廊下を歩き、台所に出て、台所から商店の店内に降りて、すぐにドアがあって、そこがお風呂というか、むかしの沖縄の住宅にはよくあったけっこう広い浴槽もありシャワーもあり、洗面所もあり、ふろというより部屋の場所だったとこに、旦那さん方の迷惑も関係なく夜だろうが昼だろうが、店に客が来ていようがいまいが入浴や、シャワーを浴びた。夜など台所を通過するときにちょうど夕食時なんてときには、「センバル君!ご飯食べていきなさい!」なんてしょっちゅう―だった。

センバル次郎の沖縄のおとぉーと、おかぁーは、後で知ったことだけれど、中城の名門一族であった。何代にもわたって村長を出す家柄で、城間盛栄さんも、村長さんを数期務めてから県議会議員を何期も務め、引退したのだが再度村長に押され、94になる直前まですごいゆっくり自転車が走るくらいのスピードなんかよりずっと遅いスピードで車を運転しながらドライブ人生を謳歌し元気に生きられた。

センバル次郎は卒業までの2年間をここ城間商店で過ごした。中城村はセンバル次郎にとって、第二の故郷、古里であった。

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