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沖縄 名護市の愛楽園

国立の診療所でらい病患者の施設であるが、皆様も知ってのとおり隔離する必要もないとなり、今は時代も変わってきましたが、今でも沖縄県の名護市の屋が地島にあります。

私は昭和58年の6月に初めてこの島に渡りました。そこで、イギリスの医薬品会社の営業マンとして愛楽園の医師たちと接したのでした。

その中にIS先生がいたのです。IS先生は医学部を卒業した後、中東やアフリカの日系の企業診療所、中国の沖合の海洋上プラント内の診療所、マレーシアのビンツルの診療所などを経て、東京のらい診療所に大学の先生に指示されて勤務し、その後沖縄に赴任してきたばかりのころでした。

院長は本当はどこの出身かは知りませんが江戸っ子のような方でした。副院長は沖縄の方でした。そのほか、香港から来たお医者さん、台湾からのお医者さん、そしていろんな医師がおり、その中に芦屋出身のIS先生がいたのです。要するにみな県外出身でして、診療所の場所が場所だけに、さびしい場所なので、製薬会社の営業マンが唯一の話し相手になるのでした。行くと、皆話しかけてきてとてもよくしてくれました。

1度か2度しかまだお会いしていないにもかかわらず、そんな理由があったからでしょうか?IS先生が診療所の官舎に招待してくれて、ビルマから友人がカレーを送ってきたから喰わないかと言ってご馳走してくれることとなりました。米はタイマイがあるから、まあおいしいはずやと言っていっぱい食わされました。いや、からいのなんの!

そこで、やおら話し始めて、原君、今君は若いからこれからもっと自分に投資するといいよ!5千万円、いや1億でもお釣りがくるぞ!10年あったらたいていのことはできるぞ!という話でした。私はその通りにその後の人生を歩むこととしました。5千万円は使いませんでしたが、数千万円は自己投資しました。

出資者からの資本など合わせれば10億は使ったことになります。ああ、なさけない。でも、IS先生、もういっちょやりまっせぇ。棺桶に片足だけしか入れてまへん!お申し付けは守りました、まだ生きていますぅ。死んだらあかん、言うたのはあんたでっせえ。守っていますよ~♪



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No title

大変良い話です。
今も昔も台湾や香港に沖縄から旅行に出かける方は多いですが、
昔と違うのは圧倒的に中国や台湾からの旅行者が多いのと
他にもマレーシアやフィリピン、インド人
白人なんかも那覇でよく見かけるようになりました。

たまらんち会長さんへ

どうもありがとう。
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山小屋在住・愛犬シロ  本当の仕事はドラゴンパレス執事、バトラーである。

Marcy Goldfield

Author:Marcy Goldfield
自営、投資業

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